ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

モチベーションは上げるな

「モチベーションは上げるな」

こんな言葉を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
私はいわゆるビジネス書を読むのが結構得意なので、
この類の言葉にはよく遭遇します。
そして、その度に、

「言いたいことは分かるし、理想的ではある。
ただ、みんながみんなそういうわけにもいかないんじゃないか。」

と現実的なことを考えては、イマイチな結論を迎えていました。
かくいう私も、モチベーションは出来れば上げたいタイプでした。
毎日、楽しい仕事のために早起きし、
仲の良いお互いを高めあえる同僚と仕事をし、
成果を出しつつも成長を感じる、素晴らしい毎日。
そんなものに憧れ、実際にそういう日々を過ごしていたこともあります。

しかし、そういうある種「他人の存在に期待する」生き方だと、
どうしてもどこかで限界が来ます。
限界というか、そういう状況にならない瞬間が来るわけです。

お互い高めあおうなどと微塵も思っていない同僚とチームになることもあれば、
そもそも同僚がいない一人プロジェクトなどがあったりするわけです。
そうなると、いわゆる「楽しいワイワイお互い高めあおう」職場からはほど遠く、
自分で自分を律しながら、日々の業務を遂行する必要が出てくるわけです。

ここで問題になるのが、楽しいワイワイを基準に考えてしまっていると、
ものすごい勢いでモチベーションが低下していきます。
なぜなら、自分を刺激できるのは自分しかおらず、
高めあえる同僚もいない状況で、とにかく自分のお尻を叩きながら、
ドンドンと前に進んでいく必要があるからです。
このやり方だと、どうしても限界が来てしまうのです。

ここでようやく、冒頭の言葉の意味がわかってきます。

「モチベーションは上げるな」

もう少し分かりやすく表現すると、
モチベーションに頼った仕事はするな、
ということができると思います。

そして、そのモチベーションの根源を他人の存在に置くと、
他人がいない時にモチベーションが崩れ去る。
なのでモチベーションの根源を他人に置くべきではないし、
そもそもモチベーションがないと仕事ができない、
という精神状態になること自体をやめるべき、と言えます。

もちろん、他人の存在がモチベーションの根源ではない場合、
モチベーションの存在が有効になることもあるでしょう。
しかし、自分で自分の行動を律することが難しいのと同様、
他人の存在が根源ではないイコール自分の中の何かがモチベーションというのも、
やはり律することが難しいといえます。

そう考えると、そもそもモチベーションがないと仕事が捗らない状況にしない、
ということが解決策になるのではないでしょうか。
モチベーションがあろうがなかろうがやれば良いのです。
「よーし今日はモチベーション高いから仕事進めるぞー」ではないのです。
何も考えずにただただやれば良いのです。
ただただ、目の前のタスクに向き合えば良いのです。
そこに感情を交える必要がないのです。

もちろん、言うは易しのなんちゃらなのですが、
上司が〜〜、同僚が〜〜、などと文句を言ってる暇があるなら、
そもそもそういう考え自体を根本から捨て去る方が、
よほど生産的に仕事ができるのではないでしょうか。