ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

楽しさ(本気度)を否定されることの恐怖

私の属する IT 業界では、
いや、この業界に限らない話とも思えますが、
自分の楽しさ、楽しんでる姿を否定されることを
恐れている人が多いと思います。

「否定」というのは少し強すぎる表現かもしれませんが、
「無視」「冷静に対応される」と置き換えると、
より身近なものとして捉えてもらえるかもしれません。

例えば、自分の中では新しいコードの書き方を思いついた、
新しいプログラミング言語を勉強して面白いと思った、
などといったときに、

「○○って面白いね!!」

などと感情豊かに表現する人はあまりいない印象です。

「○○が人気の理由は分からなくもないな」

などのように、あたかも他人ごとのように、
感情を押し殺して、興味がそこまでないような表現をします。

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ちなみにこれは、楽しいことだけではなく、
何か分からないことがあるなどといったときも同様です。

「○○が分かりません! 教えてください!」

と素直にいうことができないのです。

「○○かー。だるい。」

などのように、何か斜に構えた、
私の人生には大事じゃないけど仕方なくやってやるかー、
仕事って面倒だなーチラチラ、のような空気を醸し出すのです。

これは、素直に分からないと宣言すると、

「分からないなら調べたら良いのでは」
「エンジニアなのに○○も知らないの?」

などとコメントされるのが怖いので、
あえて斜に構えてそういうコメントを受け流せるようにしてるわけです。

(とはいえ、正確にいうと、受け流せてもおらず、
一人でそのショックを受けて、凹んでいたりするわけですが。)

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自分が感情を表に出したとき、
その感情が誰にも受け止めてもらえないと、
何か心にポッカリ穴が空いたような感覚になると思います。

その感情が「怒り」だった場合、
なんならスルーしてもらったほうが良い結果になることもあるでしょう。

でも、その感情が「楽しさ」だった場合、
それを誰も受け止めてくれないと、
その「楽しさ」の分だけ「つらさ」のようなものが返ってくるのです。

ただ、だからといって自分本来の感情を全て押し殺して、
機械になったかのように発言していては、
それは結局自分が求めている世界にならないわけです。

多少怖くても、自分が求める世界になるように、
自分の感情をしっかりと表現し続けること。
いつかそれを受け止めてくれる人が来るかもしれないし、
もしかしたら一生来ないかもしれない。

でも、自分のそういう日々の判断、行動に後悔しない状態を作っていれば、
きっと自分の人生はもっと晴れやかなものになるのではないでしょうか。