ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

中身のある会話、中身のない会話

ここ最近、いわゆる

「中身のない会話」

を出来るようになってきた気がします。
いや、そもそも何をもって

「中身のない」

と定義するのかが不明確なのですが・・・笑

ざっくり定義すると、
何か議論をするわけでもなく、
新しい知識を得るわけでもなく、
ただ起きた事象を共有して終わり、
そういう感じでしょうか。

若い頃は、そういう会話が苦手で、
「いやこの会話なんの意味があるんだよ・・・」
と結構本気で思っていたのですが、
最近になって、こういう会話にこそ、
人間の本質が隠されているなと思うようになってきました。

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いわゆる「中身のある会話」をするとき、
基本的に会話のターゲットは「情報」になります。
議論を深める対象の「事象」であったり、
新たに得る「知識」だったり、
何かの情報になることが多いわけです。

一方、「中身のない会話」をするとき、
会話のターゲットは「会話の参加者」になります。
昨日食べた美味しいご飯の話をする「私自身」であったり、
今日の仕事で起きた面白い失敗を語る「相手自身」であったり、
会話の参加者の感情にフォーカスが当たるわけです。

そして、その参加者の感情にフォーカスが当たることで、
会話をする中で自然とお互いの理解が深まっていく。
今まで知らなかった新たな一面を見たり、
すでに知ってる一面を補強したり、するわけです。

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会話の本来の目的を考えると、
実はそういった「中身のない会話」の方が重要なのでは、
と今更気付いたという話でもあります。

そう考えると、変に中身のある会話をしようとネタを仕込み、
流暢に喋れるように頑張ることは無意味の可能性が高いです。
むしろ、興味のある知識も身に付かず、
相手のことを知ることもできず、
全く無駄な時間だったなと思われてしまう恐れさえあります。

結局のところ、素の自分を出す以外に、とるべき道はないのかもしれませんね。