ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

圧倒的な「量」をこなすことで見えてくる世界

量より質なのか、質より量なのか。

仕事だけではなく趣味などの世界でもよく聞かれる話だと思いますが、何かを学ぶときに浮かびがちな疑問の一つです。

個人的にはこれに対する答えは出ていて、「圧倒的な量をこなす」以外の選択肢はないと思っています。

仕事の話に絡めて具体例をあげますと、私自身は長いこと IT 系のエンジニアとして仕事をしてきました。(今もしています。)

なので、圧倒的な量をこなしてきたと言い表すこともできるでしょう。

一方、システムを開発するときによくぶつかる「ウェブデザイン」の壁には、毎回苦労させられています。

「あぁ、自分にはデザインセンスがないんだなぁ・・・」

などという悩みを持ったりしたこともありましたが、あるときウェブデザイナーの友人から指摘をされてハッとさせられたことがあります。

「古田さんがコードをいっぱい書いてきたみたいに、デザインもたくさん真似して書いてってやる以外にないですよ」

そうなのです、自分ですでに通ってきた道のはずなのに、なぜかデザインだけは「センス」という言葉で片付けようとしていた自分に気付いたのです。

そういう視点で改めて自分の思考を見つめ直してみると、数多くの「センスがないから仕方ない」という言い訳が見えてきます。

特に「デザイン」や「運動」などの、一般的にセンスという言葉で片付けられがちなものに対して多い傾向があります。

もちろん、自分の体は一つで、時間は限られていて、人生は一度きりなどといったことを考えれば、あえて「センスがないから・・・」といって切り捨ててしまうのも一つの大きな決断だと思います。

ただ、そういう切り捨てをたくさん行えば行うほど、自分の可能性を大きく狭めてしまうという捉え方もあると思っています。

そう、センスがないのではなく、「量」が圧倒的に足りていないだけの可能性もあるわけです。

どんなものごとでも一足飛びに行けるわけではありません。

急がば回れで時間をかける必要もあるかもしれません。

ただ、もし今、目の前にうまくいかないことがあって、先に進もうかどうしようか悩んでいるなら一度問いかけてみると良いかもしれません。

圧倒的な「量」をこなせてますか?