ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

価値観という名の偏見(という名の価値観)

価値観。

偏見。

人生を生きていく中で積み重ねていったものをいろいろな言葉で表現できます。

「価値観」というと自分の軸にある大事なものという響きを感じます。

「偏見」というと自分の中に出来るだけ持たずにおきたい嫌なものという響きがあります。

しかし、自分にとっては大事な価値観でも、他人から見るとただの偏見であったりすることが往々にしてあります。

多様性を大事にしようと言われる昨今ですが、多様性を大事にするというのは多様な「価値観」を受け入れようという話だと思っています。

「偏見」まみれの社会にしよう、という話ではないわけです。

もちろん、これは表面上の単語の問題で本質は同じなわけですが、ここで言いたいことは「自分にとっては価値観だと思っても他人にとっては偏見(の可能性がある)」ということです。

そして、先日の記事でも書いた通り、「その違いに意識を向け続けること」が大事になってくるのです。

しかし一周して思うこととして、たとえそれが他人にとって偏見だとしても、自分にとっての譲れない価値観であるなら、それはそれでしっかりと自分自身で受け入れるべきなのです。

あれは偏見、これも偏見、という感じに自分の中の大事にしている考えをポイポイしていくと、気付くと自分の軸がなくなっていることでしょう。

そして、そうやって自分の中の軸を崩してまで他人にあわせていると、結局自分は何のために生きているのだろうという悩みさえ生み出すと思っています。

価値観という名の偏見という名の価値観を自信を持って受け入れていきたいです。