ソフトウェアエンジニアのキャリアなどについてダラダラと

本業ソフトウェアエンジニア、副業なんでも屋、自分の価値を最大化して社会に還元するために必要なことを模索する毎日です。

ただより高いものはないの真意

ただより高いものはない。

昔からよく聞いたことのある言葉ですが、最近になってこの言葉の意味を心の底から理解したなと感じます。

もはや、ただであることに魅力を感じなくなってきました。

もちろん、その場においては1円も支払いが発生しないので、一瞬得した気分になります。

ただし、それは人生全体においては本当に部分的なシーンでしかなく、その後に続く長い人生の中で、支払わなかった分のマイナスが必ずやってきます。

そして不思議なもので、そのときに本来支払うべきだった金額よりも損するようになります。

本来は10万円払うべきところを「サービスで!」と無料にしてもらうと、向こう10年の間に100万円損するみたいなことが起きるわけです。

これが例えば、本来は1000円払うところをサービスにしてもらい最終的に1500円損した、みたいな話なら可愛いものです。

本当に規模の大きな話になってくると、その「ただ」のせいで人間関係を失い、社会的地位を失う可能性もあるのです。

そしてこれも不思議な話なのですが、「ただにしてもらった側」にだけ起こる話ではなく、「ただにしてあげた側」にも同様の問題が起きるのです。

「ただにしてあげた側」からすると、その場の支払いももらえず長期的にも損をして、もはや何も得をしていないですよね。

強いて言えば、「サービスでやってあげた」という刹那的な自己肯定感を得られるくらいでしょうか。

プロ(お客さんからお金をいただく者という意味)として過ごしている期間がそれなりにあるのであれば、

その人の仕事にはそれなりの価値が存在するはずで、そういったところにしっかりと目を向けずに「ただ」にするのはお互いにとってメリットはないでしょう。

確かに、適切な「値付け」をするのが難しいのも理解できます。

しかし、難しいからといって「ただ」にして良いという言い訳にはなりません。

自らの価値を過小にも過大にも評価せず、「ただより高いものはない」と思われないようにしていきたいです。